2016年10月3日月曜日

運動会と音


小学校で運動会がありました。
子供の出番に合わせて場所を移動して、必死でカメラを回して、親って本当にバカですね。でも、すごく楽しかったです。

さて、今日は運動会と「音」に関する記事です。あらためて考えてみると、運動会ってものすごくたくさんの音が存在するのですね。

・ おなじみのBGM(チャッチャラー♪チャッチャラー♪チャラチャラチャーー♪とか)
・ 放送委員の声援(「白組がんばってください!」とか)
・ ダンスや組体操のテーマ曲
・ 応援合戦(ピッピッピ!ハイ!ピッピッピ!ハイ!ピッピッピッピッピッピッピ!)
・ 子供のキャーといった歓声
・ ピストル

そりゃ近所の人から苦情も来るっていうね(笑)

娘の聴覚過敏はかなりよくなりましたが、それでもピストル音だけはどうにもなりません。最近では電子音タイプのものも売っていますが、娘の小学校は古風なのか予算がないのか、いまだに火薬を使った昔ながらのヤツです。

運動会の練習がはじまる前から憂鬱だとうったえてくるので、先生に相談して防音対策を取らせてもらうことにしました(さすがにピストルを買い替えてとは言えない)。イヤーマフと耳栓の併用。


 

つけっぱなしだと指示が聞こえないので、出番の直前にすばやく装着!
席に戻ったらスターターの先生が近づくのを察知してすかさず装着!
どこのスパイ活動家だ。

ちょっと面倒ですが、これだけで普通に運動会を楽しめるのですから、安いもんです。おかげで100m走も1位、他の競技でも大活躍でした。


観察したところ、防音対策をしている子供がけっこういることが分かりました。イヤーマフや耳栓を利用している子は学年に3~4人。耳をふさいでいる子もちらほらいました。学年ごとに人数に偏りがあるのは、当たり前のようにつけている子がいると他の子も付けやすい、逆に誰もやっていないとなかなか利用しにくい、という事情があるのだと思います。だって感覚過敏の割合ってだいたい同じはずだし。


信じられないことに、ひと昔前にはこんな道具をつかうことは許されませんでした。イヤーマフはヘッドホンで音楽を聴いているように見えますし、耳栓は先生の話が聞けない、そもそも他の子と違う行動はゆるされないという風潮がありました。過剰な音に悩まされつつも言いだせなかった子供が多かったことでしょう。

今は練習の段階から使用が認められています。先生の独断で禁止することはできません。感覚過敏には適切に対処することが学校に義務付けられています。私の知らない先人の誰かが、必死に頑張って活動された成果なのでしょうね。とてもありがたいです。

やっぱり、時代は新しい方が正しい。




2016年9月8日木曜日

自閉症が治る薬ができたとして

■自閉症の発症メカニズム解明 九大チーム、神経変異の原因分かる

長らく謎だった自閉症発症のメカニズムが少しずつ解明されてきているようです。原因が分かれば、治療方法や薬の開発につながります。

もちろん薬はそんなに簡単にできるものではないでしょうが、20年前までは脳機能障害かどうかも分かっておらず、「基本的に治らない」が常識だったのですから、ものすごい進歩であることは想像できます。

気になるのは、自閉症特有の困難(人間関係が苦手とか段取りが悪いとか)がその薬で治るとすると、同時に自閉症ならではの能力も失われてしまうのでか、ということです。

特有の能力とは、抜群の記憶力、優れた音感、並外れた味覚や嗅覚などです。

人間というのはうまくできていて、ある部分が足りないと他の部分が発達するようになっているみたいです。凹の能力を埋めるように、凸の能力があるのです。自閉症の人が定型の人にはない能力を持ち合わせているのはそのためです。

凹を薬で治してしまったら、凸の力もなくなって、能力的に平坦な、単なる凡人になってしまいそうです。たぶん、その薬は良くも悪くも自閉症の人を普通の人に変えることになるでしょう。


もし、私が娘の症状に一番悩んでいたころにその薬が開発されたら・・・

こだわりや多動、対話ができない状態が改善される代わりに、記憶力や優れた音感や抜群の視覚的な理解力がなくなると言われたら・・・


たぶんそれでも薬を使っていたと思います。


いろんな人がいてもいい、むしろ多様である方がいい、
そもそも自閉症は病気じゃない、薬で治す必要なんかない、
みんなが同じ普通になるなんて気持ち悪い、彼女のあるがままでいてくれたらいい―。

私もそう思います。でも、言うだけなら簡単です。

本人の生きづらさを目の当たりにして、それに振り回される自分や周囲の人間がいて、将来のことを考えたら不安しかないという本当につらい状況とある時だったら、

「そんなこと言ってられねぇ!」って思ったでしょう。


それで、薬のおかげで本人も周りも楽になったとしても、なんとなく後ろめたさを感じると思います。

ホントにこれで良かったのかと。

今だって、娘が成長とともに特殊能力が失っていくのをまのあたりにすると、「もったいないな・・・」という気持ちになるのですから。もっと、本人の特性に合わせた教育があったんじゃないかと。


薬、早く開発されるといいですね。
でも、親の葛藤は薬では治らないでしょうね。



←自閉症が治療可能となった近未来の小説。自閉症の主人公が、治療すれば自分が自分ではなくなるのではないかと苦悩する話。めちゃくちゃおもしろかった。タイトルがまたいいよねー。


2016年7月17日日曜日

出生前診断で陽性だったら堕ろしますか?


3人目の妊娠15週(4か月)の時、出生前診断を受けました。

出生前診断とは、胎児に異常があるかどうか出産前に調べることができる検査です。最近では血液検査をするだけで高精度の検査が可能です。

すべての疾患が分かるわけではなく、染色体の異常が原因で起こるダウン症などの疾患の発見に限られます。東尾理子さんが受けて一時話題になりましたね。

3人目を妊娠した時、出生前検査は受けると決めていました。出産時38歳はけっこう高齢であることと、上の2人が先天性の疾患を持って生まれてきた経験があるからです。今でこそ成長とともに心配な部分はほとんどなくなりましたが、先天的な障害には遺伝が深く関係していることを考えると、私たち夫婦のDNAにはそういうのが出やすいたちなのかも、という考えがありました。


結果は、陰性でした。

はー、めでたしめでたし。

で、終わっていいんかいっちゅー話ですよ。


この検査には常に、「陽性だったらどうすんの?」という問題がつきまといます。平たく言うと、「障害があったら堕ろすの?」ということです。出生前診断では、この究極の選択から逃れることはできません。

障害があったら中絶しますか?
障害があっても産みますか?

なんという破壊力のある質問でしょう。でも、出生前診断で陽性になるということは、こういうことなんです。中絶手術はするなら早くしないといけないので、結果が出てからゆっくり考えるヒマなんてありません。できれば検査前に答えを出しておくことが望ましいです。

私は万が一陽性だったら、出産はあきらめると決めて検査にいどみました。これは私たち夫婦がきちんと話し合って決めたことです。それでも、いざとなったら戸惑ったでしょう。陰性で、本当に良かったというのが本音です。



でも、世の中にはこのつらい選択をせざるを得なかった人がいます。



もし、あなたの友人・知人が、障害があることを知って赤ちゃんを堕ろしたら?

「障害があったって命なのに」
「頑張ればなんとかなったんじゃないの」

こういうこと、言わないであげてください。産んだらあなたが手伝うのですか。


もし、あなたの友人・知人が、障害があることを知って赤ちゃんを産んだら?

「育てる自信もないのに無責任じゃないか」
「本人だってかわいそう」

こういうこと、言わないであげてください。その子の人生に何の責任も負わないあなたが言うことではありません。


何事もなく終わった出生前診断でしたが、考えることの多い経験でした。
どんどん受けやすくなっているのは歓迎すべきと思うものの、そのぶん究極の選択をしなければならない人の数が増えるのかと思うと、何が良いのか悪いのか、よく分からなくなってきます。






2016年6月29日水曜日

こだわりが強いとは、こういうこと

発達障害の子はこだわりが強いと言われます。

特に物事の手順にうるさく、想定していたのと違うとパニックを起こして大泣きすることも。

といっても、目にしたことがない人にはなかなか想像できないですよね。

たとえば、「みかんの皮をむく」という単純な行為でも、このような苦労があります。






暴れて泣くこと30分。みかんを渡そうとしただけなのに、30分泣かれました。

「勝手に皮をむかれたのがイヤだったんだな」と察した母、今度はむかずに渡すことに。




より激しく泣かれました。


彼女が想定していたのは、「皮は自分でむきたいけれど、最初は硬くて難しいので、へその部分に親指で穴をあけただけの状態で渡してもらうこと」だったようです。

これが2歳半の頃の話。まだ言葉でこんな複雑なことを伝えることができない年齢です。分かるかっつーの。

日常のあらゆる面でこういうこだわりがあり、そのたびに数十分単位でギャン泣きされます。1回30分として、10回あれば300分、5時間です。1日5時間ってお前。確実に生活に支障が出ます。


成長とともに言葉を駆使できるようになればおさまってきますが、そのへんは個人差がありますね。今から思えばギャグですが、現在進行形の人にとっては深刻です。





2016年6月16日木曜日

自閉スペクトラム症の視覚世界を体験できるシミュレーター

自閉スペクトラム症(ASD)の人は定型の人とはモノの見え方が違い、それが原因で社会生活に支障が出ることがあります。

そこで、ASDの人がどのように世界を見ているのかを体験できるシミュレーターが開発されたそうです。

http://synodos.jp/science/17269


完全にウェアラブルゲーム状態ですが、真面目な装置ですよ。


見え方の例はリンク先の記事に掲載されていますが、自閉症傾向のある人の視覚には以下のような特徴があります。

・ 明るいところはすごく明るく、暗いところはすごく暗く見える
・ 光を強くとらえるため、とにかく眩しがる
・ 音や動きがはげしいところではノイズが見える

サングラスが手放せないASDの人って多いらしいですね。
人がガヤガヤしているのが嫌いっていうのも有名ですが、聴覚だけでなく視覚でも刺激が強すぎるなら、そりゃ人ごみは嫌いでしょうし、小学生なら机の下から出てきませんよね。


この機器を開発した研究チームは、ASDの人の感じ方を体感することで、理解や支援につなげてほしいと述べています。うーん。男性に着せる「妊婦体験スーツ」みたいなテイストがしますね。この状態が四六時中であることの苦痛が、うまく伝わればいいんですが。


2016年5月29日日曜日

ほめ方・しかり方は言葉よりも表情が大事


子供に接する時は、言葉よりも表情に気をつける必要があります。

視覚優位の子は、言葉から受ける印象よりも、目で見た印象の方が強く残ってしまう傾向があります。どんなに言葉を尽くしてほめてあげても、親の顔が笑っていないとうまく伝わりません。目を合わさずにあさっての方向を向きながらほめるのも同様です。

おそらく、視覚優位の子に限らず、幼児くらいまでの小さい子供には共通して言えることだと思います。子供って、目で聞いているんですね。


で、ここに1つの大問題が。
私は笑顔が苦手です。

昔から表情筋が貧弱で、普通の顔をしていても「怒ってる?」と言われるし、笑っていても「何企んでんの」とか言われるタイプです。そんな私が母になり、子供には笑顔で接するよう求められたところで、そう簡単にできるわけがありません。

ほめる時の言葉選びはそのへんのステキママよりもかなりイイ線いっていると思うのですが、いかんせん顔がコレなので、視覚優位でしかも自己肯定感の低い娘には、どうもうまく伝わりませんでした。

そこで編み出した秘策がこちら。言葉でほめると同時にやります。

・ 手でマルやOKマークを作る
・ 紙や物ににっこりマークを描く
・ ハイタッチをする

これ、実にうまくいきました。
笑顔がイマイチでも、マルやOKは「肯定」を表す分かりやすいジェスチャーですし、にっこりマークもどこにでもすぐに描けてとてもよろこんでくれました。

ハイタッチは小学生になった今でも有効です。うまくいった時の定番として根付いたので、お互いにどのタイミングでハイタッチをするか心得ています。共感とスキンシップの両方を得られて一石二鳥。イエーイ!パチン!超楽しいです。

どうすべきか分かっていても、うまくいかないこともあります。親だって完全じゃない。でも、代わりの手段でも大丈夫なんですね。ミカンに顔を描くのは、もはやウチの伝統です。


2016年4月29日金曜日

偏食は甘えやしつけの問題なのか?



以前通っていた親子学級で、ひどい偏食の子がいました。

にんじんが食べられない、野菜が嫌いといったレベルではなく、固形物を一切受け付けない、極端な偏食の子でした。3歳過ぎのかわいい女の子なのにすっかりやせていて、青白い顔をしていました。そのままだと栄養失調になってしまうので、鼻にはいつも栄養チューブが。

お母さんの苦労ははかりしれません。本当に、本当に、どんなに工夫をしても促してみても、食べてくれないのだと言います。家庭的で料理上手なお母さんでした。


うちの子たちは偏食はあるものの、好きなものなら食べられるので、栄養不足になるほどではありませんでした。ランチの時間はその子の前で大盛りのうどんをズルズルズルズルおいしー!と大騒ぎしながら食べていました。

目の前であんまり勢いよくおいしそうに食べる人がいるもんだから、その子も「ちょっと食べてみようかな・・・」と思ったらしく、一本だけ、うどんを口に運びました。

短いうどんを、一本だけ。
ちゅるっと飲み込んで、「おいしい」と言いました。


その時の、その子のお母さんの顔。


びっくりしたような、うれしいような、戸惑ったような顔。「すっごい久しぶりに食べてくれました・・・!」と、泣きながら言っていました。私には想像もできない、多くの苦労があったんだと思います。


昔ほどではありませんが、今でも偏食をしつけのせい、甘えのせいと決めつけ、親をただ責めるだけの人がいます。もちろん、しつけが原因であることも皆無ではありませんが、世の中には本当に食べ物を受け付けられない子がいるのです。

味覚や嗅覚が敏感な子は、食べ物に含まれるさまざまな成分の中に少しでもイヤなものが混じっているのを感じ取ります。また、口腔内の触覚が敏感な子は、ほんのちょっとの歯ごたえをガラスを食べているように痛く感じることがあるそうです。

そういった感覚は本人たちにとっては現実のものですから、いくら食育や道徳で治そうとしても治るものではありません。むしろ、自分たちの感覚が道徳的に間違っているのだと言われると、自身の感性そのものを否定するようになるでしょう。



食べたくても食べられなくてやせ細っていたあの子。
うどん1本で感動して泣いていたお母さん。


誰があの2人を責められるでしょうか。


何でも食べる子は「いい子」なのではなく、ラッキーな子なのです。何でも食べられない子を「悪い子」と決めつけてはいけません。将来的には偏食の子も食事の幅を広げていく必要があるのは間違いありませんが、それは複雑に絡まったワイヤーをほどくような、時間と根気がいる作業なのです。